甘い物
はっきり言っておくが、 オイラーは半端な数学者ではない! まさに、オイラーは 「計算するために生まれてきた」 と言われるぐらい、天才的な数学の申し子だった。 「人が息をするように、鳥が空を飛ぶように、オイラーは計算をする」 と評されるオイラーは、とにかく、計算が速く、長大な計算を暗算で 簡単にやってのけることができた。 しかも、彼は、 「片手でゆりかごを揺らしながら、  もう一方の手で数学の論文を書いている」 と評されるほど、その天才的才能を一時も無駄にせず、 人生のすべてを数学に費やしたのだった。 その結果、彼が生涯で残した論文は、800以上もの数に達し、 それは未だ誰にも破られることのない数学史上の最高記録であり、 これらの論文が数学界に与えた貢献は計り知れない。 そもそも、僕らが使っている数学記号(π 、i 、e 、Sinθ 、Cosθ) のほとんどは、オイラーが決めたものなのだ。 そんな数学的才能に満ち溢れ、あっというまに数学の証明を解いて、 次から次へと論文を書き続けるオイラーだが、 彼の本当に驚くべき才能は、その桁外れの「集中力」にあった。 こんなエピソードがある。 オイラーが28歳のとき、 ある天文学の問題が、懸賞にかけられた。 その問題は、多くの数学者が 「何ヶ月もかけても、解けるかどうか…」 と尻込みするほどの難問だったのだが、 オイラーは、ぶっとおしで、その問題に取り組み続け、 ほんの3日ほどで、その問題を解決してしまったのだった。 だが、オイラーは、不眠不休で数学をやり続けた結果、 その代償として、片目を失うことになる。 しかし、数学のやりすぎで、目まで潰してしまったにもかかわらず、 「おかげで気が散らなくなった。前より数学の研究に打ち込める」 とさえ述べている。 こうして、その身すら いとわない驚くべき集中力で、 次から次へと数学の論文を大量生産していくオイラーだが、 60歳になったとき、ついに、もう一方の目も潰れてしまうことになる。 だが、たとえ盲目になっても、オイラーの数学は止まらなかった。 とっくに、引退してもおかしくない高齢にもかかわらず、 オイラーは、目が見えなくても、数学ができるように、 文字を書く特訓すら始めたのだった。 結局、目が見えなくなってからのオイラーの数学は、 むしろ、目が見えたときよりも、 「より独創的で生産的になった」と言われるほどにまで、 高みへと上っていくのである。 たとえば、現代のコンピュータでよくやるアルゴリズム的な計算方法は、 オイラーが目が見えなくなってから考え出されたものだ。 オイラーが発明した計算方法をつかえば、 とても解けそうもない複雑な方程式があったとしても、 「まず、テキトーに大雑把な答えを見つける。  次に、その答えを使って、もう少し精度の良い答えを導き出す。  そして、さらにその答えを使って、もっと精度の良い答えを…」 というのを100回ほど繰り返して、ある問題の近似解を見つける、 という、当時としては奇跡的なまでに画期的な方法を考え出している。 (そして、その計算をオイラーは目がみえないまま、  パッとやってしまうのだった) オイラーの時代には、すでに数学は、科学の道具として使われており、 船の設計から運行まで、数学に基づいて行われていた。 したがって、「厳密な答え」ではないが、 「実用的には十分使える精度の答え」 が出せるオイラーの計算方法は、当時の人々の生活にとって、 本当に価値のあるものだった。 そして、70歳を越えて、ついにオイラーも死を迎える。 だが、その死の当日すら、数学の研究に没頭していたという…。 後世の人は、オイラーの死をこう表現している。 「その瞬間、オイラーは、生きることと、計算することをやめたのだ」
123:おさかなくわえた名無しさん:2013/01/31(木) 08:41:27.92 ID:Wla8dJhf
ヒンドゥー教思想に浸るインドから来訪した偉いさんが牛肉を食べたこと
牛肉をはずしたコース料理を頼んでいたけど手違いで牛さんが運ばれてきた
こちらの不手際です召し上がらなくて構いませんので~と申し上げたところ
友人の真心を踏みにじるのを神様は快く思いませ~んデリシャ~スと普通に食べた

もしやイスラム教徒(豚肉タブー)かと思ったけどやはりヒンドゥー
なんなのコイツらすげえテキトゥーとおもた



194:おさかなくわえた名無しさん:2013/02/01(金) 21:44:22.63 ID:8drjdGb3
»123
ヒンドゥー教は牛を食べてはいけないなんて教義は無くて、或る牛は神聖で食べてはダメ、
別の牛は食べても良い、ってふうに決まってる。
日本で言うと、奈良や宮島の鹿は獲って食べてはダメで、日光や渡島の鹿は鉄砲でガンガン
撃って獲って食べるのと、似たようなもの。
インドにあっては、わけわからん外国人や、ヒンドゥー教から外れた人たち(イスラム教徒とか
仏教徒とか)が聖なる牛を潰して煮てたりしてるかもしれんから、牛肉を食べたがらない。
インドの外、これは概念的にはバーラタと言ってヒンドュークシ山脈、ヒマラヤ山脈、アラカン山脈、
インド洋で囲まれた範囲から外には聖なる牛は居ないから、食べて平気なんよ。

イスラム教の豚肉の方は、食の戒律で明確に定義されてる。



125:おさかなくわえた名無しさん:2013/01/31(木) 12:19:14.78 ID:Td5qlfJp
»123
そういえばイスラムもテキトゥーだった

会社に数人を招待して1週間くらい滞在してもらったんだけど、
一日数回お祈りがあるはずと思いお祈り専用の会議室予約したのに
「旅行中はお祈りしなくてもいいんだよー」
豚肉食べられない、アルコール飲んじゃいけないはずと思って
初日の食事会は結構気を遣って店を選んだんだが、
次の日からのランチや夕食は豚肉食べるしお酒も飲む。
曰く「うっかりってことにすればオッケーなんだよー」
適当でおおらかで明るいとてもいい人たちだった。



195:おさかなくわえた名無しさん:2013/02/01(金) 21:59:24.28 ID:8drjdGb3
»125
これも経典に例外規定があるよ。
異教徒の支配する城市に旅行しているときには、食に関する戒律は免ぜられる
ってあるんよ。

酒については、訳せば「葡萄酒を飲んだような状態で、礼拝所へ来てはならない」と
しか書いていない。
色々な解釈があって、「神様は酒のようなものが大嫌い、酒飲が嫌いだ、アルコール厳禁」ととる宗派もあれば、
禁止は葡萄酒だけビールや焼酎はOKとか、日暮れ(一日の最後の礼拝)から夜半までなら飲酒可とか、
礼拝所=公的な場へ出てこなければ自宅で飲酒OKとか・・・・・・。

更に言うと、「預言者を失った後、聖道は九つの宗派に分かれるだろう」と最後の預言者を自称するマホメットが
自身の死後について言及して異端の存在を容認し、且つ、教団組織や職業的聖職者を持たない教義から、
解釈の違いが沢山出ている。
vurtual:

Nykredit Crystallen Headquarters - Denmark (by Darrell Godliman)

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富山の何か?

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カナヴン
バトルフィールド バッド カンパニーのデモムービーでは「ドラム缶に隠れた男がいたんだよ!」「ドラム缶に隠れるなんてダンボールに隠れるのと同じくらい馬鹿だぜ」「新兵器かも!何ていうか、ソリッドで…メタルな…日本製かもしれない!」「見てろ、吹き飛ばしてやる」などという台詞の後、ドラム缶がグレネードランチャーで吹き飛ばされ、眼帯が回収されるというものがあった。その際のコピーは「隠れる場所は無い」。
地獄は和風なのに天国は洋風
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そういや以前ニコ動でガクトが言ってた語学勉強法が印象的だったな。
ガクトは日常会話程度なら数カ国語が使えるぐらい勉強してるらしいんだが
その勉強法が「雑誌を眺めるように語学本を読む」んだと。
1ページ目から細かく読むのは無理。2ページ目に進む前に寝てしまう。
だから「これは雑誌だ」と思いこむ。雑誌を1ページ目から順に細かく読む人はいない。
とにかくちょっとした暇さえあればペラペラとめくって読む。
その内「ここ前に読んだな」みたいな場面が増えてきて、わかるようになってくる。
・・・って感じの勉強法らしい。

幼児の言語習得を考えれば理に適ってるかな。
一見遠回りに見えて案外近道かも。

アンパンマンはジャムおじさんがパン作りをしてる所に偶然落ちた流れ星が核となって誕生した奇跡の存在であるはずなのに、その後もメロンパンナちゃんなどがジャムおじさんの手で作られ続けていることから流れ星で『本当に何かあった』のはジャムおじさんの方だと思われる。多分乗っ取られてる。怖い。
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